兄と弟
※2016.02.21昼観劇
鈴木勝秀演出、安西慎太郎主演の『僕のリヴァ・る』を見た。
チケット取るのが物凄く大変で、一公演分取るので精一杯だったんだけど、蓋を開けてみると一回見るのがちょうどいいのかもしれないなあと思った。
いい意味でね。
360度のセンターステージだったから、複数回見に行ければいろんな視点から見れたのかなとは思うんだけど。
前から3列目で中心から少し左寄りの、良席でした。
舞台セットはいたってシンプル。白い箱の中に、扉のような木枠。
基本的にはそれだけ。
小道具と役者の衣装。あとは我々の想像力のみ。
3歳のお兄ちゃんと生まれたばかりの弟。
ゴッホとテオ。
盲目のジェロニモとその兄。
このテーマ聞いただけでどう考えても面白い。
いきなりハイテンション気味に鈴木くんと山下さんが飛び込んできて前説。
客席全体、ちょっとこのテンションについていっていいのか戸惑い気味だった気がするww
鈴木くんが客席に降りてきて話しかけたりなんかして、どうやら笑っていいらしいって会場全体の空気がほぐれた感があった。
予想以上に役者さんが近くてほんとに息遣いまで聞こえてきそうだった。
前説で3本のオムニバスストーリーであることを全部説明してくれるから前知識一切なくても大丈夫。
親切設計ダネー。
1本目。3歳のお兄ちゃんと生まれたばかりの弟。
こばかつさんが生まれたばかりの弟ってなんなんだよって思ってたけど、生まれたばかりの弟だった。
ばぶばぶ、だーって言ってた。
生まれたばかりの弟にママの愛情のほとんどを横取りされてむくれまくるお兄ちゃん。
弟は弟でママでもパパでもない、自分よりちょっと先に生まれたらしい人間のことをこいつは誰だって怪しく思ってる。
安西くんとこばかつさんの掛け合い……って言っていいのか?独り言の応酬が、歯切れよく進んでいくから聴いていてすごく気持ちいい。笑いどころもたくさんある。
私も姉だし、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」っていう理不尽極まりない言葉を投げられた記憶はよく覚えてる。
上の子っていうのは下の子が生まれた途端、とにかく我慢を強いられる。
多分ほとんどの上の子が経験してると思う。
そんな理不尽を浴びつつも、おむつ被ったり暴れまわったりしつつも、なんだか憎めない。
安西くんがとにかくよく動く。
今回は大人しめの舞台だからそうそう彼の身体能力を見ることはないかと思ってたけど、
時々人間らしからぬ動きをしてたね。
「わかんない。でも嫌いじゃない」
タロウがこのセリフを言った瞬間、観客はこの舞台の意図――というより意思?を理解する。
生まれた時から半強制的に一緒にいることを余儀なくされて、友達とはちょっと違うし、親ほど愛情を注いでくれたり庇護してくれたりするわけでもない、好きなのか嫌いなのかもよくわからない。
でも人生の長い時間を共に過ごすことになる存在。
「リヴァル」
「リヴァル」
「試合開始ってことだな」
「うん」
「フェアプレイだけとは限らないぞ」
「でも、いい試合にしよう。ノーサイドまで」
「あぁ」
いいセリフだ。
2本目。フィンセントとテオ。
あらすじが公開された時からこれを一番楽しみにしてたんだけど、予想通りというかなんというか、鈴木拡樹くんのフィンセントはおそろしかった。
生きなければならない、でも生きていくことが難しい。
描かなければいけないのにそれすらもままならない。
絵の中に自分が見つからない。
何もできないまま時間だけが刻々と過ぎていく。
周囲は生きていくことを押し付け、狭い部屋の中に閉じ込めようとする。
苛立ち、焦燥、疲弊に満ちた時間。
場面が切り替わる時に流れる混線したラジオみたいな音が、混線していくフィンセントの頭の中を表しているみたいだった。
手の動きが怖い。顔を撫でる手、髪を掻き毟る手、パレットナイフを掴む手。
あんなに人の手の動きを怖いと思ったことはそうそうない。
目には常に光がない。激昂する時だけ爛々と輝く。
テオは本当に兄を愛していたのだろうか?と考える。
いや、その言い方は語弊があるな……愛していた。それは間違いない。
でもそれ以上に兄の描く絵を愛していたような気がしてならない。
兄があれだけ描くことに苦しんでいるのを見ても、筆を置けとは一言も言わなかった。
それどころか兄が一人前の画家になったと聞いて狂喜した。
テオはテオで、兄をあの額縁の中に押し込めてしまったような気がしてならない。
生きるために血反吐を吐くような思いをして、最後に残った感情が「もう俺は死にたい」。
あんなにもがき苦しんだフィンセントに、これ以上生きてなんて言葉はかけられないと思った。
自分は絵を描くことしかできないのに、誰一人として自分の絵を買わない、一枚も売れないっていうのはどういう気持ちなんだろう。
誰も自分を見ていないような気分に陥って、とてもじゃないけど生きていくことなんかできないと思う。
フィンセントの狂気に巻き込まれて、
見ているだけなのに本当に耳鳴りがして体調が悪くなっていくというすごい経験をしました。
ただの四角い額縁によって、我々の頭の中にあるゴッホの向日葵を想起させる演出は気が利いている。
あの美しく力強い向日葵の絵。
最後のテオの一連のセリフはとても美しく悲しい。
「あなたの頭は時々狂ったが
あなたの絵は最後まで狂わない。
脳病院の庭で、発作の翌日描いた絵でも線と色はたしかだ。
絵はあなたの理性であり、
絵はあなたの運命であった。
運命のまにまに、あなたは燃えて白熱し、飛び散り、完全に燃えつきた。
最後の時にあなたは僕の手を掴んで
もう俺は死にたいと言った」
「苦しみの中からあなたは生れ
苦しみと共にあなたは生き
苦しみの果てにあなたは死んだ。
37年の生涯をかけて
人々を強く強く愛したが
誰一人あなたを理解せず、愛さなかった。
あなたは英雄ではなかった。
あなたはただの人間であった。
人間の中でも一番人間くさい弱さと欠点を持ち
それらを全部ひきずりながら
けだかく戦い
戦い抜いた。
そんなあなたを支えたことを
本当に誇りに思う」
3本目。盲目のジェロニモとその兄。
フィンセントとテオで心に深いダメージを負ったので、なかなか気持ちに入れなかったんだけど、ふらふらしてる間にどんどん話が取り返しのつかない方向に進んでた、という感じ。
日替わりジェロニモソングは犬のおまわりさんでした。
Let it go歌った回もあったって言うから聴きたかったー。
もう笑いどころここしかなくてあとはつらいばっかり…
この3本目でも旅人の鈴木くんが本当に怖くて震えてた。
悪意を撒き散らす理由がわからなくて怖い。
通りすがりの悪意によって、兄弟の人生が狂わされていくんだから堪らない。
心の優しいお客さんからもらった金貨を、兄が隠している。
一度生まれた疑念は、お兄ちゃんがどれだけ言葉を尽くしてもなかなか晴れない。
ジェロニモは見ることができないから。どんどん頑なになる。
もう本当に手が付けられないくらいやんちゃするんだけど、
見えないことによって日々感じてきたストレスを一気に発散させているような気がした。
でも、そんなお金を使い込んだって、ジェロニモの気が晴れるわけない。
ジェロニモ自身も、本当に欲しいのはお兄ちゃんが自分を裏切っていないという確信だっただろうから。
もどかしい。とにかく何もかもうまくいかない。悪意ある旅人一人のせいで。
お兄ちゃんは自分の人生を犠牲にしてずっとジェロニモに寄り添ってきたのに、
ジェロニモはもうずっと前からお兄ちゃんのことを疑っていた。
あれほど重苦しくて骨の髄にまで浸み込むような沈黙、経験したことがない。
お兄ちゃんは散々悩んだ挙句に、結局弟のジェロニモから逃げ出さず、罪を犯す方を選んでしまった。
ここまでやったんだからもしかしたらこれで関係が改善するのかと思ったら全然そんなことないし。
そして憲兵がやってきた時の絶望感ったらない…
旅人と同じで鈴木くんがやってるからもうやめてくれ来ないでえええって思った。
お兄ちゃんの高笑いからの絶叫。
こばかつさんの圧倒的演技力。
「大丈夫ですよ。弟を置いて逃げたりしませんから」
「弟がいなかったら、俺は生きて来れなかったんです」
滂沱の涙と共に絞り出される言葉が突き刺さる。
周りから見ればジェロニモこそお兄ちゃんがいなければ生きてこれなかったのに、
(いくら盲目のきっかけはお兄ちゃんとはいえ、見ている方が苛立ちすら感じるほど、ジェロニモはお兄ちゃんに暴言を吐いていたのに)
お兄ちゃんこそが、ジェロニモがいなければ生きてこれなかったという。
もう死んでしまいたいようなつらい時も、残された弟のことを考えたら、
とても一人で逃げ出すことなんかできなかったから。
目の見えないジェロニモが、金貨を手から滑り落とし、お兄ちゃんの顔に触れた時。
全てを理解したんだろう。お兄ちゃんのやったこと。お兄ちゃんがやろうとしていたこと。
失われていた信頼が、やっと、戻ってきたんだろう。
彼の頭の中にも、お兄ちゃんと一緒に過ごしてきた日々が蘇ったんだろう。
安西慎太郎ってすごいなあと思った。
彼の泣きの演技は物凄く浸みる。
お兄ちゃんはジェロニモを置いていけば新しい道を見つけられたかもしれないのに、
それを選ばなかった。
血を分けた弟と共にあることを選んだ。
あまりに救いがなくて、かなり落ち込んでしまった。
この兄弟が、絶望へ足を踏み入れる以外の道はなかったのかと考えてしまった。
兄弟ってなんだろう、って一番考えさせられた。
血の繋がりって全然関係ない時もあるし、やっぱり関係ある時もあるよね。
血が繋がってるってことは、何億年も脈々と受け継がれてきた遺伝子を共有しているということで、
それが重要か重要じゃないかは文脈によるにしても、やっぱり何か繋がりがある。
親ほど無償の愛をくれるわけじゃない。
友情ほど固い信頼関係で結ばれているわけでもない。
むしろ何かにつけて競争相手、リヴァルになることの方が多い。
それでも、お互いに手を取る瞬間がある。
兄弟の間でしかわかりあえないものがある。
そういう、言葉で言い表せない絆の話。
最上質の演劇を見たと思いました。
鈴木秀勝さんという人はすごい人なんですね。
見に行ってよかったなあ。
でもあまりに芝居の持つパワーが強くて、一度見ただけでだいぶお腹いっぱい!という感じ。
何回も見たらこっちが負けてしまう。
まあ、チケット一公演しか手に入らなかったんですけどね!!
安西くんはこれからも更に更に飛躍していく俳優さんだと思ってるので、
今後も楽しみですね。